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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)786号 判決

事実

被訴人(一審原告、勝訴)は請求の原因として、控訴人は昭和三十年十月十六日金額十八万二千三十六円、満期昭和三十一年一月二十六日なる約束手形一通を訴外日栄工管株式会社に宛てて振り出し、同訴外会社はこれを被控訴人に裏書譲渡し被控訴人は現にその所持人である。しかして被控訴人は右手形を満期日に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、右手形金とこれに対する完済までの法定利息の支払を求めると述べた。

控訴人株式会社足立製作所は答弁として、控訴会社が本件手形を振り出したのは次の事情に基くものである。すなわち控訴会社の訴外酒井亀を通じて同訴外人及びその下請業者に注文して製作させた減速機五台分の部品の代金支払残額金十八万二千三十六円の債務を負担していたところ、右酒井を通じて訴外日栄工管株式会社から融通手形を振り出して貰いたいと依頼され、一旦これを拒絶したが、日栄工管が見返りとして酒井を除く五名の下請業者に対し控訴会社の前記債務決済の為の約束手形を振り出し、これをその支払期日に必ず決済するから右融通手形を振り出して貰いたい旨重ねて依頼したので、控訴会社も承諾し、日栄工管から右五名の下請業者に対し支払期日を昭和三十年十二月三十一日、昭和三十一年一月十日、同月二十五日、同月二十八日の四通りにした金額合計十七万円の七通の約束手形の振出を受けたので、これら手形がその支払期日に支払われることを条件として本件手形の支払の責に任ずる旨の約定の下に昭和三十一年一月二十六日を支払期日とした約束手形(本件手形)を日栄工管に宛てて振り出したのである。然るに日栄工管は前記見返手形の支払期日が経過しても全然その支払をしないから、前記契約により控訴会社も本件手形を支払う義務がなく、而して被控訴人は日栄工管の代表取締役であつて、本件手形が上記の事情の下に振り出されたものであることを熟知していながら、右手形を譲り受けたのであるから、控訴会社は日栄工管に対する前記抗弁を以つて悪意の取得者たる被控訴人にも対抗し得るものであり従つて被控訴人に対しても本件手形支払の義務はないと述べた。

理由

証拠を総合すれば、控訴人株式会社足立製作所は訴外小日向秋義外一名に対し減速機五台分の部品の製作を注文し、右小向等は更に五名の下請業者に右製作を下請させ、昭和三十年四月頃から同年八月頃までの間に右注文品が全部完成し、控訴会社はその引渡を受けた結果、右下請業者等に対しその代金債務を負担するに至つたところ、その頃訴外日栄工管株式会社から右小日向外一名を通じて日栄工管の鋳物工場建設資金を得るため控訴会社の約束手形を振り出して貰いたい旨求められ、折衝の結果控訴会社から右金融の為の約束手形を振り出し、その支払の責任を負う代りに、日栄工管において控訴会社の前記下請業者に対する債務を支払うこととなり、その支払の為日栄工管から右下請業者に宛て金額合計十七万八百五十円の七通の約束手形を振り出し、これら手形がその支払期日に支払われることを条件として控訴会社が支払の責任を負うべき約定の下に日栄工管に宛てて本件約束手形を振り出したものであるところ、日栄工管の振り出した右各手形は何れもその支払期日に不渡となり未だに支払われていないこと、及び被控訴人は日栄工管が控訴会社に右金融のための手形の振出を求める交渉をし、かつ前記の各手形が振り出された当時日栄工管の代表取締役であつて、右の折衝にも当つたことが認められる。

してみると控訴会社は日栄工管振出の手形が支払われていない以上、前記約定により本件手形支払の責任がないものというべきところ、右認定のように被控訴人が日栄工管の代表取締役であつて、前記各手形に関する控訴人との折衝に当つたという事実に徴するときは、被控訴人は本件手形を取得するに当り、右手形が前記のとおり日栄工管の各手形がその支払期日に支払われることを条件として控訴会社が支払の責任を負う約定の下に振り出されたという事情を知つていたことが明らかであるから、控訴会社は日栄工管に対する右人的抗弁を以つて悪意の取得者たる被控訴人に対抗し得るものであり、従つて控訴人は被控訴人に対しても右手形支払の義務がないものといわなければならない。

よつて控訴人に対し本件手形金及びこれに対する法定利息の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由のないものであり、原判決がこれを認容したのは不当であるとしてこれを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却した。

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